心のビタミンバックナンバー

91〜100


No.91 天地創造のみわざ

 天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。
   詩篇19・1


 以前あるアメリカ人に、日本でしばしば誤解されて伝えられる科学者ガリレオ・ガリレイについて聞いたところ、「彼は熱心なクリスチャンだ」と答えて、敬意を表していました。同じ頃に活躍した天文学者ケプラーも、聖書をベースに宇宙の仕組みを解き明かしたといわれます。
 数学を基礎から積み重ねて、神が造られたこの宇宙の仕組みを解明し、神の偉大さを知らしめる。それはちょうど当時、ラテン語を基礎から学んでやがて聖書を説き明かしたのと同じように、神の栄光を現すことになる。神学者になろうか天文学者になろうかと迷ったケプラーは、どちらも同じひとりの神の栄光を現すのだと悟ったそうです。
 ノーベル賞を受賞した利根川進さんが帰国した際、記者団から「どうして日本で研究しないのか」と問われ、「やはり科学は欧米から生まれたのだ」と答えておられたのが印象的でした。この天地は神が造られたのです。


No.92 設計士はだれ?

 初めに、神が天と地を創造した。
      創世1・1


 私たちの教会の礼拝堂は、設計にずいぶん力を注ぎました。高さは八メートル、合掌造りで左右のデザインはすべて非対称です。三角の屋根の片側にのみ天窓が付き、内部の十字架は正面に向かって左側に、ライトは右側にのみ横二列に・・・・・左右のすべてが微妙に異なっています。色は二色で、しっくいの白と本物の木の茶色です。
 少しわかる人は、この建物に入るとすぐに聞きます。「この建物は一体だれがデザインしたのですか」。なるほど、この辺りの地方の設計士ではないだろうというわけです。
 ここでもし、私がこう答えたとしたらどうでしょう。「地元の大工さんに、図面なしでとにかく安く造ってくれと依頼した結果、こうなったのです」。だれも信じないでしょう。
 造られた時、その現場に立ち会っていなくても、すでに造られた建物を見て、会ったことのない設計士を想像するのは理にかなったことです。
 造られた世界を見て、造り主をほめたたえましょう。



No.93 神の臨在


 神である主は、人に呼びかけ、彼に仰せられた。「あなたは、どこにいるのか」。
   創世 3・9


 すでに亡くなりましたが、かつてアポロ十五号に乗って月面へ降り立った宇宙飛行士ジム・アーウィンは、地球に帰還後、キリスト教の伝道者になりました。世界中を講演して回り、天地を造り宇宙を支配しておられる神がおられることを宣べ伝えました。
 一九七一年、スコット飛行士と月面に降り立った彼は不思議な体験をします。二人しかいないはずなのに、おかしい、だれかいる。確かにここに、どなたかおられる・・・・・。
 最初の人アダムとエバに神が共におられたように、月面に立つスコットと自分の傍らに神がおられることが、圧倒的臨在感をもってはっきりとわかったのです。
 地球に住み、身辺のことしか目につかない生活では感じ取れないことが、確かにあると思います。遠く地球から離れ、月面から美しいその星を眺めてみた時、あたかも神の座から神とともに見つめているように、神の存在が迫ってきたのだと思います。



No.94 感動の世界

 私はあなたのうわさを耳で聞いていました。しかし、今、この目であなたを見ました。
   ヨブ42・5


 東大医学部を出て、聖書を隠れた主題にして小説を書き続けてこられた加賀乙彦氏が、数年前、洗礼を受けられました。
 遠藤周作氏から、「キリスト教の無免許運転をしている」と言い当てられたことがきっかけとなって、山ばかり眺めて登り始めることをしない求道生活に終止符を打ち、奥さんとともにカトリック教会で洗礼を受けられたのです。
 「その時から、私は変わった」と、新聞やテレビなどで人生の変化と喜びを証ししておられました。それまで理詰めで探求していた聖書の中から、今も生けるキリストの呼びかけが、理屈を超えて感動をもって直接心に響いてくるようになってきたと言うのです。その時の喜びが、今にもあふれ出てくるようでした。
 信仰は机上の世界ではありません。今も、生きて私たちの実生活のただ中で体験し得る世界なのです。



No.95 一歩踏み出せ

 だれであれ、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。
        マタイ7・8


 昔、ある宣教師が日本の高校生たちに信仰を次のように教えたそうです。
 おもむろにお金を取り出して見せ、「ほしい人はあげるから取りに来なさい」と言います。そんなうまい話に乗るものか、と多くの生徒が疑う中、一人が壇上に上がり、手を出したところ実際に手渡されました。しまった、と後悔しても後の祭り。
 信仰とはこのように、いつまでも疑い深くじっと立ち止まって考えていることではなくて、思い切ってその場から一歩踏み出し、神の御前に出ることだというわけです。なるほど、その瞬間から私たちは神の用意された救いと恵みを無償でいただき、実感する世界へと移されるのに違いありません。
 いつまでも立ち止まっているのをやめ、一歩踏み出しましょう。見て考える世界から、受け取る世界へと移るのです。神は分け隔てなく救いの恵みを与えようと待ちかまえておられるのですから。



No.96 聖書を生きる

 そんな思い違いをしているのは、聖書も神の力も知らないからです。
   マタイ22・29

 聖書の学者ではあっても、その世界を本当の意味で生きているとは言い難いサドカイ派の人たちに対して、イエスはこのように言われました。なるほど聖書の世界とは、知識として頭の中にとどめおく世界ではなく、その上に生きて体験していく世界なのです。
 トルストイは『三人の隠者』の中で、一人のキリスト教の指導僧がある島で修行をしている三人の隠者に会いに行く場面を記しています。
 彼らは、主の祈りさえも知りません。覚えの悪い彼らに幾度も教えて後、帰りの船の中でその僧は不思議な光景に出会います。三人の隠者がペテロさながら海上を歩いて近づき、「主の祈りをもう一度教えてくれ」と頼み込むのです。当たり前のように神の力を体験して生きる彼らの前で、彼は自らの信仰を恥じ、「おまえさんがたこそ、わしら罪人のために祈ってください」と頭を下げます。
 私たちも、聖書の世界に生きる信徒となりたいものです。



No.97 金太郎飴

 訓練と思って耐え忍びなさい。
  ヘブル12・7

 私たちの教会堂を設計してくださったクルスチャンの設計士が、こう言われました。「この教会には、金太郎飴のような信者がいる」。どこを切っても同じキリストの模様が出てくる信仰者がいるというのです。
 その「金太郎飴」なる八十近いおばあさんは、入信の当初から厳しい主の訓練を受けたようです。田舎の檀家総代の長男の嫁であるため、キリスト教徒になることが許されず、即刻離縁して出て行くようにお姑さんから言い渡され、それ以来、半年間大家族の中で口をきいてもらえない孤独の生活を送ったそうです。けれども、そのことが彼女の信仰を筋金入りにする素晴らしい恵みの機会となりました。
 昔、長崎でキリスト教禁教の時代を終えて、再びやって来た宣教師は、そこかしこからキリシタンを名乗る日本人が現れたことに驚いたということです。厳しい主の訓練の中でも花を咲かせ、内側からにじみ出る強烈なキリストの香りを放ちたいものです。



No.98 まことの希望

 この希望は失望に終わることがありません。
       ローマ5・5


 数年前、教会員の息子さんが夜中に交通事故で天に召されました。雨の日、疲れて仕事から帰る途中でトラックに正面衝突し、即死でした。
 完成したばかりの教会の納骨堂を用いて、あわただしく教会葬が執り行われた後のことです。亡くなられた二十二歳の青年のおばあさんが、私に近寄ってこう問われました。
 「娘はかわいい息子を突然亡くしたのに、なぜあんなにもしっかりとして強いんだ」
 教会員であるそのご婦人に聞くと、不思議なことが起こったというのです。「息子の死の連絡が警察から入ってすぐ、讃美歌がオルゴールのように心の中で鳴り響き、葬儀が終わるまでずっと、繰り返し繰り返し鳴り続けて私を支えていた」と。
 まやかしの一時の希望が、まことしやかに安売りされている時代です。死による絶望に直面してなお、崩れることのないまことの希望を、聖書の中に見いだす者でありたいと思います。

 

No.99 ここに愛が


 父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。
   ルカ23・24


 受難週を迎えました。罪がわかると十字架の愛がわかるといわれますが、主が十字架でいのちを捨ててくださった救いの重みをかみしめたいと思います。
 柳田国男の『遠野物語』に、岩手県に伝わるこんな話が出てきます。孫四郎という息子が大鎌を手にして実母に斬りかかる。駆けつけた里の者に取り押さえられ、警察官に引き渡される息子を見て、滝のように血を流しながらその母は、「恨みを抱かずに私は死ぬから、孫四郎を許してください」と申し出る。
 自らを殺す者のために今際の息の中で許しを請う母の姿に感動し、「之を聞きて心を動かさぬ者は無かりき」と柳田国男は記しています。
 お腹を痛めて産んだわが子のためなら、あるいはそんな母もいるかもしれません。けれども、キリストは神に対し興味も関心も払ったことのない私たち人類のために、十字架上でいのちを捨て、罪の赦しを祈られたのです。ここに愛があるのです。



No.100 十字架の重み

 主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。
   イザヤ53・6

 芥川龍之介は、数多くの切支丹物を書きました。その中に『きりしとほろ上人伝』があります。
 シリヤの国の大男が真の主に仕えたいと願い、真の御主と伝え聞くキリストに会うため、ある翁の勧めに従って、河岸で旅人を向こう岸に運ぶ仕事をしながら出会いを待ちます。
 三年が過ぎたある大嵐の夜、一人の少年が向こう岸に運んでくれと申し出ます。こんな嵐の日にとは思いますが、いつものように肩に乗せて河の中頃にさしかかると、次第に肩が重くなり、耐え切れず沈むのではないかと死を覚悟するほどでした。
 やっとの思いで向こう岸にたどり着いた後、頭上に金光を帯びた先の少年の声を聞きます。「あなたは今夜、世界の苦しみを身に担ったキリストを負ったのだ」。その少年こそ、キリストだったのです。人として地上に生まれ、全人類の罪を身に負われた神のひとり子の御苦しみの一端を、この男は味わったのでした。